ガラヴォーグ(17

  

 

 

 

 「3、2、1…」

 便宜上任命した仮副長のカウントが聞こえる。

 ベルナドットはすいと片手を挙げ、空気を切るようにそれを振り下ろした。一拍と遅れずに、ばす、ぼか、

といくつもの砲声が上がる。

 その着弾音と同時に、

 ばかあああん!!

 豪快な破壊音が轟いた。砲弾よりも速く力強く、セラスはコンクリ塀に真っ直ぐ突っ込んでいた。その拳を

受け、派手に割れ砕けた鉄骨混じりの石片が粉塵上げて散り降る。

 「なあッ!?」

 驚愕の声は傭兵隊の新人たち、それに二人の工兵たち。平然と突入を開始する古参たちを一瞬見送り、慌て

て続いた。

 先頭に立つしなやかな背中を眺め、ベルナドットはにやりと唇を歪める。

 「まアそりゃ、驚くわな」

 「隊長、何ヤニ下がってんですか。置いてきますぜ」

 

 

 

 タタタ、とスタッカートの効いた音が断続的に響く。

 チュンっ。

 「おっと」

 三つ編みのハミ毛をかすめて行く銃弾に肩を竦め、ベルナドットは半呆れの目を斜め前へと放り投げた。

 そこには香水どころかガンオイルの匂いのする少女の姿。見慣れたバカでかい携帯砲でなく、小銃片手に…

 あ。敵からぶん取って両手になった。なんで両側の敵に同時に対処する…

 上に、一発ずつで確実に戦闘能力を奪って行く無駄のなさよ。

 「タイヘン経済的でございますコト」

 ぼやく傭兵隊長は右手を無造作に後ろへ回し、そこで引っこ抜いたSAAのトリガーを引いた。聞き苦しい

悲鳴罵声が上がり、人の気配と足音がばらばら散って行く。

 「うっへ、なんだあのオッサン」

 「あの三つ編み、実は毛じゃなくて視神経なんだぜ」

 「そーそー、片目分の回してんだ」

 「アホか」

 銃声に混じる軽口を聞き流し、ベルナドットは素早く周囲を見回した。耳を澄ませば、戦闘の物音は次第に

小さく間遠になって来ている。タイミングよく、イヤーコムに通信が入った。武器庫の制圧完了。

 「よしよし、粗方片付いたか。嬢ちゃんいるとラクでいいな」

 いかにもしめしめと呟きながら、緑の隻眼は実は今度も味方である者たちに向けられている。黄色い暴風の背

に、従うように守るように続く男どもの姿に。彼らの動作はごく自然だし、自分がそうしろと命じたわけでもな

い。

 なるほど、本能的にダレといりゃ死なねえか悟ってるらしい。

 と唇を緩めた時、視線を感じて目を移すとやはり仮副長だった。生温い顔をしている。

 「なンだよ」

 「いえね…

 「先頭が建物内に入ったんで、指示出してくださいよ」

 「おー」

 ベルナドットは小銃を肩に担ぎ、腕時計を確認した。突入より約40分。よそからの物音もだいぶ熄みつつあ

ること、今更他隊の手伝いに行くまでもなく、急襲は成功と言っていいようだ

 彼らの担当区は事前情報通りに警備厳重、反撃の手も存外に統制が取れていて多少の厄介は感じたが、当方何

しろトップに立つ金色の頭のチートっぷり…いや活躍が半端ない。さして損害も出さずにここまで進むことがで

き、新兵たちのセラスを見る目も変わり、一石二鳥の作戦は上々裏に進んでいる。

 もともと訓練中やらここ数日のアレコレやらで変化の兆しはあったが、それが明確で決定的になったのは喜ば

しい。

 これで、セラスの尻を狙う奴らもよほど慎重になるだろう。傭兵隊長はひとり頷き、ごく個人的にしてささ

やかな戦果を享受した。

 「ほんじゃま、俺らはボチボチ消える算段すっか」

 思案に隻眼を細めた時、向かう先でぶち破られてブラブラしているドアの陰から部下の顔が覗く。

 「隊長」

 「あん?」

 手招きされてのてのて近付き、室内を覗き込んだ途端に彼は派手に顔を顰めた。

 コンクリで打った床の上に、どかどか積まれた木箱の数々。その一つが蓋を引っぺがされて転がっている。

 そして蹴倒されたその中からは、ゴロゴロと銀地にポップなイラストの描かれた缶詰が転がり出ていた。撃ち

抜かれたに違いない蓋の中からはみ出た白い粉を見下ろし、傭兵隊長は興味なさげに呟く。

 「ランズファーの野郎の情報も、案外正確じゃん」

 面白くもなさそうに缶詰をひとつ蹴飛ばすと、転がって反対側の棚に当たる。そちらへ流された緑の瞳は、缶の

中央に書かれた文字を読み取って嫌悪の表情を浮かべた。

 殊更明るい書体でプリントされた字列は、赤ちゃんも大喜びおいしいミルク、と謳っている。

 「タチ悪ィな」

 吐き捨てれば、隣からも声がする。

 「こんないやらしい擬装をッ…」

 低く軋るように言うのは、闇の住人でありながら素直で明朗で生真面目な性質を残す女吸血鬼だ。ぎゅうと握り

締めた大きくもない拳の中で、銃把が微妙に歪むのをベルナドットは見てしまった。

 「ああ、うん、まったくだ」

 すこし阿るように同意する声を聞いているのかいないのか、彼女は倉庫の中を見渡して唇を結ぶ。ずっと奥には

トレーラーが余裕で入れる大きな鉄扉が見えたが、それを睨むようにして呼吸を詰めている。

 「ここ、処分しないと」

 「ふん?」

 ベルナドットがちらりと笑った。

 セラスは、傷つくかと思っていた。社会の暗部を目にして、義憤に燃えるのかと。それこそ、正義に反するから

麻薬などは許せない、と。しかし彼女は少なくとも見た目には平静で、低い声には力がこもっているとしても、殊

更に悪を罵って見せる様子はない。

 そう言えばしぶとい娘なのだった、と思い出して、彼は軽く肩を揺する。その辺の男どもよりもよほど強靭な心

を持っている。でなくては、人と魔の間で揺れながらも己を保ち続けることなどできないのだろう。

 ああ、セラスの個性は吸血鬼であって一層際立つ。

 不意に気付いた事実に、ベルナドットは胸中をかすか複雑な思いが過るのを覚えた。

 彼女は傷つきながら生きて来て死すら失い、重すぎる覚悟を背負ってちゃんと笑って見せる。

 反して自分は、傷つける覚悟が定まらずに見ているだけ…

 逸れた思考を、傭兵隊長はぶんとかぶりを振って戻した。軽く右手を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

  

                                TO BE CONTINUED

 

 

 ものすっごい久しぶりの更新で、前の話を忘れているワタシ。ちょっと読み返してみなくては。うう…やだなあ。

誤字とかぼろぼろ出て来そう。迂闊は仕様なのさ…

  

 

 

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